| ・・+ Home Sweet Home +・・ 作:鉄さん |
雨が降っていた。 数え切れないほどの循環を繰り返してきた,その分子の塊はまっすぐに大地に向かって 無数に産み落とされている。空は鉛よりも重い色をしていた。 いつ止むとも知れないその雨は、セントラルドーム近辺の森を異質なまでに深い緑に濡らしていた。 その中のところどころにそびえ立つ塔のような住居の一部。 かつては笑い声なんかが漏れ出ていたであろうそれらの白い建築物には、 今はもう散らかった日用品と不吉な気配しか残っていない。 ところどころに強い力でひしゃげたフォトンライドが転がっている。 しかし、近辺にはそれらを使っていた人間の痕跡は見当たらない。 これが、いつものラグオル地上、森エリアの風景だ。 彼女は、その建物をセントラルドーム南西部の平地の外れで発見した。 その建物には人の気配は無かった。 オートロックの扉の前で電源が生きている事を確かめ、 彼女は恐る恐る、つぶやく。 「ただいま」 声紋により開く鍵が解除された。 ドアを入ると、しばらく動かなかった淀んだ空気が新たな空気と混じりあいみずみずしさを取り戻していった。 彼女が廊下を進むにつれ、自動的に灯る室内灯と共に、オートセットされていた オーディオから流れてくるのは、仕事一筋である父のめずらしく気に入っていた曲、 マリー・クロウ、「ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドアー」 無人の家を探索するにつれ、彼女の不安感は果てしなく大きくなっていった。 誰の気配もしない部屋のドアを、それでも、誰かが居るかもしれないと思う、か弱い希望をなんとか保ち、 次々に開けていく。 そして最後の部屋の前に立ちドアのスイッチに手をかけた。 静かに開くスライド式のドアー。 暖かい空気が流れて来たように思えた。 彼女の目には、微笑みかける両親が見えた。 やがて、オーディオはその役目を果たし、沈黙した。 彼女の前には出発前に家族3人で撮った写真が、木製のスタンドに入って立っている。 写真の中の両親が彼女に笑いかけていた。 彼女の父はパイオニア1の研究者で、仕事の事以外は何も出来ない父を心配して、 半ば強引に母もその巨大な移民船に乗り込んでいったのだった。 彼女にとって、いつまでも若々しさを失わない、その二人の関係が嬉しかった。 両親がパイオニア1で出発する時、すでに彼女はパイオニア2への搭乗が決定していた。 そのため、彼女の両親はラグオルでの我が家に彼女の声紋を登録していたのだった。 ハンターズとして、日々の仕事に追われる彼女に、ラグオルでも「お帰り」と言ってやるために・・・。 俺の名前はルドルフ・ロックイェット。 普段はルドと呼ばれている。 種族はヒューマン。 パイオニア2のハンターズでクラスはレンジャーだ。 ライフルでの精密射撃が得意で近接戦闘は全般的に苦手だ。 だから、単独行動時エネミーを先に発見するのは戦闘を勝利する必須条件になる。 というわけで、逃げたりや隠れたりも得意だ。 自慢にはならないかもしれないが。 俺はその時ギルドから受けた、炎から身を守るという花を探してくれ、 というある金持ちが出した道楽的な依頼のためにラグオルに降り立っていた。 久々のラグオルの空気はパイオニア2の人工のものと違って強い生命力の匂いがする。 しかし、深呼吸を心行くまで堪能する余裕など無い。 ハンターズ仲間の情報により、その花は、黄色の羽毛で覆われ愛らしい姿をした 二足歩行の飛べない鳥、ラグ・ラッピーが持っていることがあるらしいということが解っていた。 俺は一匹一匹を締め上げるよりも早いだろうと思い、群れて生きるラッピーの巣を探して 道を外れた森の中を静かにゆっくりと進んで行った。 こういう鬱蒼とした森で俺を発見するのはシティの人ごみで探すよりも骨がおれるだろう。 雨も俺には好都合だ。 ところどころにあるラッピーの羽毛や糞などを目印に巣の位置を探る。 しかし、 あの臆病者のラッピーの巣を探すとなるとそう簡単でもない。 痕跡を辿るうちにパイオニア1の人々の第一期居住エリアから少し外れ、 まだ開発の始まっていない第二区の方へ入って行った。 いっそう強くなった森のにおいと冷気が肺を通して全身に染み込んでいく。 ラグオルの森には独特の違和感がある。不自然なまでの自然さ、とでも言おうか、 森があまりにも森らしすぎるのだ。 そして、それに加え獣たちが俺たちを見つけたときのあの異常なまでの殺気。 生存の為ではない、あの、なんとも「人間」じみた殺気。 少し先に開けた場所の気配がした。 そちらの方が少し明るい。 生い茂る葉の屋根が無いために、空にそのまま反射するような雨の音も聞こえてくる。 そして、そこには生命反応が一つ。 グリーンだ。 それは、ハンターズであることを指し示す色だ。 人が居るからといって飛び出すようなバカなマネはしない。 少し物陰から様子を見る。 雨のせいではっきりとは見えないが、辺りには黒く盛り上がったものが幾つか転がっていた。 俺は森の中を、気配を殺してゆっくりと回り込む。 ちょうど真横から見えるような位置で先ほどの場所よりもそのハンターに近くことが出来た。 そこに居たのは女だった。 ハニュエール。武器は持っていない。 正気か?そして、なお信じられないことに、その女の周りに転がっていたのは、黒焦げの、また、 白く霜のかかった、ブーマ達の骸だった。 その女は、何をするわけでもなくただそこで虚ろな表情で雨に打たれていた。 横顔からも美しい女であることがわかる。 今のラグオルでは何の価値も持たないことだが。 女は時々空を仰いでみては、うっすらと笑う。 そしてまた虚ろな顔に戻り地面を見つめる。 今にも消え入りそうな位のか細い存在感だ。 そのまま、雨に融けて行ってしまいそうな、そんな危うさ。 目を擦って幻ではない事を確認し、とりあえずの危険は無さそうだと判断した。 一応同業者であるために声はかけておこうと思った。 ふと彼女の視線が動く。 その刹那、背筋を一瞬の寒気が走った。 3秒前には感じなかった気配。 激しい殺気が木々を震わせた。レーダーにも反応。 数は不明。 このアラートは、巨体と異常に発達した四肢を持つ緑青の体毛をした森の王者ヒルデベアのものだ。 あまりに激しい殺気の為に、俺の目には彼女が消えてなくなってしまったかのようにも見えた。 ちょうど彼女をはさんで向こう側の木から飛び上がる巨躯がひとつ、ふたつ。 俺は短く一呼吸おき、手馴れた動きでつや消しの迷彩を施した銃身をを持ち上げる。 慌てない。 サイトスコープは覗いて一瞬。引き金を二回。 この間合いではまず外さない。 エネミーの意識が完全に彼女に行っていたのも好都合だった。 空中をこちらへ跳んでくるヒルデベアの巨躯が順番に微かに揺れる。 大きな音とともに、眉間に穴の開いた二匹のヒルデベアが着地と同時に 血しぶきを上げながら彼女の前に崩れ落ちる。 まるで、主にかしずくかのように。 雨の音にかき消されそうなほど小さな音で断末魔の声が聞こえた。 決して落ち着いていられるような景色では無かったはずだが、 驚いたことに彼女は何も起こらなかったのように、ぼんやりと崩れ落ちるヒルデベアを眺めていた。 下手をすれば死ぬところだったというのに。 そして、ゆっくり彼女はこちらを振り返った。表情は、無かった。 これは明らかにミスだ。 幾つもの動かなくなったエネミー達の中心で、雨と血に濡れる彼女と目を合わせてしまった。 森より深い藍色の目。 奥歯あたりが妙に痺れ、雨音が一瞬聞こえなくなった気がした。 黒い柔らかそうな髪の毛はまっすぐに肩口までかかり、濡れているせいもあるが、つややかで美しい。 肌は白く、むしろ雨の中では蒼く見えるほどだ。 本来は鋭いであろう切れ長の目には生気が欠けているように見えた。 薄い唇はやや存在感にかけるが、全体の調和がとれていてさほど気にならない。 派手ではないが、化粧栄えしそうな顔である。 どちらかというと、スレンダーな引き締まった体からは僅かな動きからもしなやかな 筋肉の動きが見て取れる。 指先から腕を通し肩に続く柔らかいライン、右の肩には歯をむき出しに大きく笑う緑のジョーカーのタトゥー、 細く華奢ではあるが安定した腰、すらりとした足は長いというわけではないが無駄なものは 全てそぎ落とされている。 やや露出の多い戦闘服はハニュエール独特のもので、黒を基調としたレザーのスーツ。 一挙手一投足の無駄の無い動きが彼女が熟練の戦士であるという事がわかる。 それなのに何故、武器を持っていなかったのだろうか。 何故、あんな目立つ場所でたたずんでいたのだろうか。 雨は相変わらずの調子で、激しく大地を叩いていた。 すっかり雨に血を洗い流されていた彼女に、俺は出来るだけ平静さを保ち話しかけた。 俺は彼女の目をまともに見ることが出来なかった。 彼女の名前はシーナ。 ハンターズランクはAA+で俺より二つほど上らしい。 念のために言っておくがこれは依頼の達成成績から決まるもので、実力から決まるランクでは無い。 その他の事は大して解らなかった。 一番驚いたのは彼女は緊急帰還用のテレパイプを持っていないということだった。 「ここで、何をしていたんだ?」 「・・・別に」 「・・・。まぁ、いいか。・・・じゃぁ、俺は仕事の途中だからもう行くな。とりあえず、これを渡しておくよ」 俺は素っ気無い風をして、テレパイプ一つとサブウェポンとして持ってきたセイバーを渡した。 「変な考えはやめときなよ」 彼女は静かに答える。 「・・・?あぁ、私、死ぬつもりなんか、ないよ」 「そりゃ、けっこう」 「それに、これはいらないわ」 彼女は渡した二つの物を返してきた。 「しかし・・・」 「そんなことより、私、暇なの。何するか知らないけど、良かったら連れてってくれない?」 この意外な言葉は、俺にとって何故だか少し嬉しいものだった。 「・・・ああ、構わない。と、いうか、俺も前衛がいてくれると助かる」 「じゃあ、行きましょ」 「おい、武器はいらないのか?」 「大丈夫よ」 いたずらっぽく、くくっと笑う。しかし、それはどことなく冷めたものだった。 ハンターズの会話は簡潔だ。 相手の詮索はあまりしない。 このときの俺は詮索したがっていたが。 彼女はいいといったが、俺は依頼のあらましを説明し、 エネミーとの遭遇時以外は俺が前に立ち進んで行き、 戦闘時には彼女が前に出るということだけを決めて、再び森に分け入った。 本来、俺は複数以上での行動をすることはあまり無い。 なぜなら、俺の特性上、パートナーには俺と同程度の穏行の技術と、 同程度とはいわないまでも広い視野が必須であり、加えて俺の精密射撃のフォローのために、 エネミーを引き付けるだけの近接戦闘の上でのパフォーマンスともいえる派手さが必要なのだ。 この二つは個人の中で両立が難しい。 わがままなようにも聞こえるかもしれないが、命の懸かった仕事の上で我慢なんぞはしたくないし、 わざわざコンビを組むなら足し算より掛け算になる相手のほうがいいに決まっている。 そして、彼女は申し分ない能力を持っていた。 俺達は言葉を殆ど交わさず、ラッピーの痕跡を追い森を分け入っていくうちに小さな沢の流れる平地に出た。 雨降りのせいで川辺の草が水の中から顔を出している。 森の中では気付かなかったが、雨はいくぶん小降りになっていたようだった。 俺達は様子を見るために、平地にそって森の中を迂回していった。 その時ふいに、雨の音が強くなり、人間のものではない甲高い声が雨音の隙間に聞こえてきた。 ラッピーの鳴き声だが、これまでに有無を言わさず向かってきたそれとは明らかに違う。 か細く恐怖に満ちている。 そちらに近づくにつれ、それまで雨音だと思っていたものが不吉な色合いを帯びてきた。 それは無数の羽音だった。 無限ともいえる同胞を袋状の巣に入れ、特に飛ぶ力の強いものが、 その巣ごと運び移動する肉食の巨大な蚊、モスマントの大群に囲まれ、小さな、 おそらくまだ子供であろう数匹の小さなラッピーと成鳥ラッピーが、その黒い霧のなかでもがいていた。 巨大な袋状の巣からは、腐臭とともに次々と新手が吐き出されていく。 動かなくなったラッピーは巣の中に運ばれていった。 エネミーの中でも人間に危害を加えないものが種を問わず存在するらしいという噂は俺も聞いていた。 そして、その類のエネミーは、他のものに対して、人間と同じような扱いを受けているということも。 つまり、殺意の対象として。 俺達が見た時に、虫たちの集団の中、地上に残っているのは、 寄り添うように抵抗する親子であろう二匹のラッピーけだった。 背後で微かに空気が動いた。振り向くより早く、シーナが俺の視界の端を掠めて森から走り出て行った。 彼女は襲い掛かるモスマントの中を真っすぐにラッピーの方へ駆け抜けて行く。 「・・・・!」 言葉を発する間もなく俺は援護の体制に入っていた。 文句を言っている暇など無いのだ。 彼女は襲い掛かる狂った虫の集団の攻撃を舞うようにして身をかわしながら、なおも進み、 隙あらば手刀に構えたその指先を、それらの節に正確に叩き込み、 同時に指先から極小量の火球を放った。 体内を焼かれ、次々と堕ちていくモスマント。 しかし、彼女はより濃さを増す黒い霧の中心へと進む。 俺のフォローも追いつかなくなってきた。銃身も加熱してきた。 「おい!とにかく集団の中から出ろ!ラフォイエを最大レベルでぶっ放すぞ!」 「お願い!もう少しだけ、もう少しだけ待って・・・!」 彼女は息を切らして走りながらそういうと、抵抗する力も絶え絶えのラッピーの親子を、 全速力で駈け抜けながら抱き上げ倒れ込むようにモスマントの集団から転げ出た。 虫たちは、凄まじい羽音を更に荒げ一旦上空へと身を上げ、そして急降下しながら彼女と、 その腕の中のラッピー達に再び襲い掛かった。 シーナは、起き上がると同時に俺の方を見る。 一瞬。俺と彼女の目が合ったのは、一瞬だった。 彼女の腕と俺の腕の動きが、同じ人間の腕かのように持ち上がり、同時に同じ空間座標に集中する。 今まさに、彼女とラッピー達に再び襲いかかろうとする黒い霧の中心に。 完全に座標が一致した二つのエネルギーの奔流は、その強さを何倍にも膨れ上がらせた。 黒い巨大な影は、その大きさを一瞬小さくし、漏れ出る閃光と轟音を伴い、 膨大な熱量の火球に飲み込まれていった。 彼女は再びこちらに視線を投げ、そしてその視線は、すぐさまモスマントの巣、モネストに流れた。 と、同時に彼女はモネストに向かって走り出した。 それに合わせ、俺はライフルを構える。彼女が、走る速度を落とさず腕を振りかぶる。 俺は、思考よりも直感よりも早く構えたライフルの引き金を引き絞った。 袋に風穴が開き、そこへ彼女が拳を突き刺す。 巨大なモネストの上方に開いた口から光が漏れる。 一拍遅れて、その巨大な袋は、真っ黒に焦げたモスマントやそれらの幼生を撒き散らしながら、 弾け飛んだ。 雨は、いつのまにか、すっかり止んでいた。 人類が造った時計では計ることが出来ないと思えるほど永く感じられた戦闘が終わると、 草の焦げる匂いと共に再び森の匂いがしてきた。 川のせせらぎも聞こえてきた。 「助けてくれてありがとうッピ」 よもや、ラッピーに人語を解するものがいるとは思わなかったが、 俺達のやってのけた奇跡のような戦闘の後においては、全ての出来事と、 それにより自分自身にたち現れる感情の全てを受け入れることができた。 ラッピーが言葉を使うことに素直に驚いた俺と彼女は顔を見合わせ、やがて、 声を上げて笑った。ラッピーは不思議そうな顔で俺達を見ていた。 笑いながら俺は言った。 「上手くいったからいいものを、もうあんな無茶はするなよな」 「・・・ごめんね。でも、殺されそうなラッピーの親子を見ていたら、体が勝手に動いていたの」 「・・・確かに、間違ったことじゃ無いんだが。でも、無事でよかった」 「よかった・・・。本当に・・・」 彼女の目には、涙が少し、滲んでいる。 雨雲は所々に空を覗かせ、漏れ出る夕日が鉛色の雲を明るいオレンジへと変えていた。 雲の隙間から射す光に彼女の顔が照らされ、笑顔がいっそう輝いた。 結果から言えば、その依頼は失敗として終わった。 ラッピーは「人間の強烈な匂いを着けるわけにはいかない」と、 俺達を群れのもとへと案内することは出来ないと言ったのだが、それでも、 友情の証として、依頼の品である花をくれた。 シティに戻った俺は、そのことを依頼主には隠しておいた。 彼は、ぶつぶつと文句をいってはいたが依頼を出した時点で、 既に他のものへと興味は移っていたので、2、3の嫌味を言っただけですんなりと去っていった。 その依頼は結局、俺達が二人でやった仕事の中で唯一の失敗したものとなった。 あの、白い花は、意外に生命力が強く、ラグオルの土を持ち帰り(違法ではあるのだが) 作ったプランターに今も咲いている。 それはパイオニア2の、ある部屋に飾られている。 俺達が帰る、その部屋に。 END |
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